NPO法人日本防衛学会猪木正道賞基金
(第6回)「猪木正道記念・安全保障研究会」の概要報告
特定非営利活動法人日本防衛学会猪木正道賞基金では、令和5年(2023年)10月22日〔日〕青山学院大学・青山キャンパスの 総研ビル12階大会議室において、現在の国際社会における喫緊の課題であるウクライナ復旧・復興支援問題並びに米中対立と台湾問題に焦点を当て、(第6回)猪木正道記念・安全保障研究会を実施しました。
特に、猪木正道賞発表・授賞式は、これまで日本防衛学会秋季研究大会の中で挙行されてきましたが、今回から当安全保障研究会の第Ⅰ部「猪木正道賞受賞記念報告及び発表・授賞式」として組み入れ、併せて行うことになりました。
(青山学院大学・総研ビル) |
(会場:総研ビル12階 大会議室) |
(第6回)「研究会」のプログラムと概要は、以下のとおりです。
〈プロクラム〉 総合司会 永澤勲雄(JSDS猪木正道賞基金理事)
開会の挨拶 NPO法人JSDS猪木正道賞基金副理事長 國分 良成
第Ⅰ部 猪木正道賞受賞報告及び発表・授賞式 1. 受賞図書『大陸反攻と台湾:中華民国による統一の構想と挫折』について 第8回【正賞】受賞者2 防衛研究所地域研究部中国研究室所員 五十嵐 隆幸
2. 「(第9回)猪木正道賞発表・授賞式」 1) (第9回)猪木正道賞受賞者の発表及び講評 戸部良一 (賞選考委員長) 2) 猪木正道賞授与及び副賞の贈呈 國分良成 (日本防衛学会会長) 3) 受賞者挨拶 第Ⅱ部 安全保障研究会 1.〔現場からの報告〕 テーマ:「JICAを通じた日本のウクライナ復旧・復興支援について」 報告 国際協力機構(JICA)理事長・東京大学名誉教授 田中 明彦 2.〔特別企画:シンポジウム〕 テーマ:「米中対立と台湾問題:日本の立ち位置を求めて」 パネリスト① 米国の視点から 慶應義塾大学法学部政治学科教授 森 聡 パネリスト② 米中の視点から 早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授 青山 瑠妙 パネリスト③ 中国の視点から 大東文化大学東洋研究所教授 鈴木 隆 パネリスト④ 軍事・安全保障の視点から 元自衛艦隊司令官・海将 香田 洋二 コーディネーター 日本防衛学会会長・慶應義塾大学名誉教授 國分 良成
閉会の挨拶 青山学院大学国際政治経済学部教授 古城 佳子
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〈研究会の概要〉
第Ⅰ部 日本防衛学会猪木正道賞受賞記念報告及び発表・授賞式
◆ 1. 受賞図書『大陸反攻と台湾:中華民国による統一の構想と挫折』について
第8回【正賞】受賞者2 防衛研究所地域研究部中国研究室所員 五十嵐 隆幸
(受賞記念報告:五十嵐隆幸氏) |
2022年11月に行われた第8回猪木正道賞選考委員会では、【正賞】に初めて二つの著作を選考しました。このため正賞受賞記念報告は、2月開催の(第5回)猪木正道記念・安全保障研究会では岩間陽子氏に、(第6回)猪木正道記念・安全保障研究会では五十嵐隆幸氏にそれぞれ正賞受賞記念報告をしていただくことになりました。
記念報告において五十嵐隆幸氏は、かつて台湾の中華民国の指導者たちが国家目標として掲げていた「中国統一」と「大陸反攻」の実態を実証的に考察することを通じ、今も台湾海峡を隔てて分断が続く「中国」の現状を読み解くための視点を提示され、これまで国際政治史で説明されてきた「冷戦の残滓」や「米中対立」の構造、台湾政治史研究で主流を占める「中華民国台湾化」の概念では説明できない現実について、台湾側の視点に立って説明されました。
◆ 2.「(第9回)日本防衛学会猪木正道賞発表・授賞式」
(第8回)受賞記念報告に続き、戸部良一猪木正道賞選考委員長による(第9回)猪木正道賞の発表並びに講評があり、國分良成日本防衛学会会長から表彰状と副賞が授与されました。
【正 賞】 山口航著 『冷戦終焉期の日米関係 ― 分化する総合安全保障』
(吉川弘文館、2023年2月1日)
【奨励賞】 浦口薫著 『封鎖法の現代的意義-長距離封鎖の再評価と地理的限定』
(大阪大学出版会、2023年3月31日)
【特別賞】 高橋杉雄著 『現代戦略論 ― 大国間競争時代の安全保障』
(並木書房、2023年1月10日)
(第9回猪木正道賞受賞者記念写真) |
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(戸部良一選考委員長による講評) |
左から 山口航氏、國分良成学会会長、浦口薫氏 *高橋杉雄氏は公務により授賞式に参加できませんでした。 |
第Ⅱ部 安全保障研究会
◆ 1.〔現場からの報告〕
テーマ:「JICAを通じた日本のウクライナ復旧・復興支援について」
国際協力機構(JICA)理事長 田中 明彦
田中明彦理事長は、冒頭、日本が行っている政府開発援助(ODA)について、「ODAは大きく分けると、日本が先方の国に対して行う二国間のもの、そして日本が国際機関に渡すもの、この両方がODAであり、国連の国連開発計画、国連難民高等弁務官事務所、WFP(国連世界食糧計画)、そういうところに拠出するのが多国間のODAです」と説明したのち、本題に入りました。
(報告者:田中明彦氏) |
1) JICAのウクライナ支援の概況
田中理事長は、JICAのウクライナ支援の概況についてつぎのように話されました。
・JICAが最初に行ったのは「財政支援」です。ウクライナのキーウにはODAのフィールド・オフィスがあったのですが、戦争が始まった途端に退避しましたが、退避している最中に実施したのは「緊急経済復興開発政策借款」です。これは2回に分けて貸付契約をしました。
通常はこんなに早くできないのですが、「復興開発政策借款」ということでウクライナ政府との間で比較的早くできたこと。実際にウクライナに対して、どれだけ支援ができるのかというのは、日本政府がどれだけ予算を出してくれるかにかかっているのですが、最初にそれが決まったのが2022年の12月の補正予算です。
・岸田総理はこれまでウクライナに対して約76億ドルの支援を行うと発表していますが、このうち、JICAは総額約1,700億円(技術協力:約120億円、有償資金協力:780億円、無償資金協力:約755億円)の支援を実施中。
2)7月に現地ウクライナを訪問して
・無償支援金などの算段が付いたころ、7月17日から19日までウクライナを訪問してきました。ポーランドからキーウまで列車で行きましたが、列車はこれまで攻撃が加えられたことがないということで、比較的正確に動いている状況でした。
・日本のウクライナ復興に対する支援について、ウクライナ政府は非常に期待が高いということもあって、ゼレンスキー大統領とも50分ぐらい対話をし、先方からの要望を聞ききました。大統領以外には、首相ともお会いし、財務大臣、復興インフラ担当大臣にもお会いしました。
・日本が支援する分野は、復旧に向けた基盤の整備と生活再建、環境改善、農業、民主主義、ガバナンスということですが、その他に先方から強く期待されているのが、日本の民間企業によるウクライナへの投資を促進して欲しいことでした。
3) 今後の課題について
・以上みてきたように、復興のニーズというのは非常に多い。だが、今後ウクライナ支援に対する世界核国の支援疲れというようなことが起こるかどうか。もう一つは、日本企業に参加してくれというが、日本企業はリスクに対しては敏感なのでどこまで参加してもらえるか。
ただ、JICAが行ってきたODA事業の中でも、戦争をやっている最中に復旧・復興をするというのはこれまでほとんどやったことがないということです。これから先、不透明な部分もありますが、こんなところが、今、JICAが行っていることの報告です、と発言され、報告を終えました。
報告の後、フロアとの間で活発な質疑応答がありました。
◆ 2.〔特別企画:シンポジウム〕
テーマ:「米中対立と台湾問題:日本の立ち位置を求めて」
〔特別企画:シンポジウム〕は、國分良成 慶應義塾大学名誉教授によるコーディネーターのもと、今日のアジア太平洋地域における喫緊の課題である「米中対立と台湾問題:日本の立ち位置を求めて」について、4名の学者・専門家によるそれぞれの専門領域の視点からパネリスト報告がなされ、引き続きパネルディスカッションが行われました。なお、台湾問題については、先般台湾を訪問して多くの要人等と議論を交わしてきました國分名誉教授自身が担当しています。その後、フロアとの間で活発な質疑応答を実施しています。
(國分良成コーディネーター) |
(森 聡氏、青山瑠妙氏、 鈴木隆氏、 香田洋二氏) |
(1)最初のパネリスト森聡 慶應義塾大学法学部教授は、「米国の視点から」次のような見解を述べています。
前インド太平洋軍司令官のデービットソン氏が、「中国は6年以内に台湾を侵攻するする可能性がある」と示唆してから以降、アメリカでは、中国は近いうちに台湾を侵攻するのではないかというような議論が巻き起こっていますが、実はワシントンの中国専門家の間では、「時期よりも条件の問題だ」という見解が多く見受けられます。すなわち、平和統一の道が残されていると習近平が考えているうちは武力行使を決心する可能性は低いという冷静な見方があり、アメリカの中で、中国は武力侵攻を不可避と見ているという見方で一枚岩になっているわけでは決してない、ということを指摘しています。
(2)次のパネリスト青山瑠妙 早稲田大学大学院教授は、台湾は、今、世界から最も危険な場所であると注目されているものの、台湾有事に関しては非常に複雑な問題が絡んでいるとして、次のように説明しています。
台湾から比較的遠いEU諸国の間では台湾有事に関して共通の認識が形成されている状況にあるが、他方において、台湾海峡に最も近いグローバルサウス諸国との間では、ある程度の温度差があるのではないかと指摘しています。すなわち、東南アジア諸国の世論調査から見ても関心はエネルギーとか経済復興問題が中心であり、先進諸国の持つ主権とか法による支配といった問題に対する関心は低いため、基本的には台湾有事に関して関与しないという姿勢、そして中立的な姿勢をとるといった答えが多く、何らかの形で日米を支援する、台湾を支援するといった答えもなかなか出てこない事実について言及しています。
(3)第3番目のパネリスト鈴木隆 大東文化大学教授は、習近平本人が台湾問題をどのよう考えているかについて掘り下げた報告を行っています。
鈴木教授は、習近平の歴史認識や領土観念について、欧米への被害者意識と甲午戦争(日清戦争)で負けたという歴史に対する怒りというものが根源にあり、この日清戦争こそが台湾問題の原因になっていると指摘しています。
このことの反省から習近平は、21世紀半ばまでに米国に代わる覇権国実現のための3つの重点課題(台湾の位置づけとして)、①歴史の復仇と21世紀の派遣競争、②一国二制度による「台湾・香港の中国化」、③海軍力増強と海洋進出の積極化、を挙げ、この実現に向け政策を遂行していると説明しています。
(4)4番目のパネリスト香田洋二 元自衛艦隊司令官〔海将〕は、軍事・安全保障の観点から、次のような報告をされています。
香田氏は、台湾問題は、台湾問題にあらず、単なる台湾の独立や帰属問題に起因する対立ではなく米中両国の覇権と尊厳をめぐる対立であると指摘され、基本的には自由と民主主義という価値観と全体主義、強権社会との覇権争いであり、21世紀後半の覇権をどうするかということの対立であると言及述しています。特に政策を考える人は、台湾有事がいつ起こるか判断してはだめで、いつかわからないけど、起きた時に狼狽しないよう態勢を準備しておくことが国の求められることだろうと述べています。
また、米中の軍事的対立(台湾周辺)に関する両国の投入兵力等のケースを説明した後、日本の立ち位置としては、2015年の安保法制では、このような想定はなかったので、アメリカが抑止のために台湾周辺に大兵力を展開した際、唯一の受け皿としての日本が米軍をどう機能させるかというロジステックを作れるかが日本の一番重要なことだと提起しています。
以上の4名のパネリスト報告の後、國分コーディネーターは台湾問題について、先般、台湾を訪問しての多くの要人と議論を交わした結果、特に印象に残った次の点について発言されています。
まず第1点として、中国と統一したいなんていう人ほとんどマイナーであって、「現状維持」という考えが一番多かったこと。第2点は、中でも、非常に興味深く感じたのは、台湾有事は、沖縄や尖閣の問題にも繋がり、アメリカを巻き込むことになる。従って、「台湾有事は、実際は世界有事のことだ」という議論をする人が多くいたこと。第3点として、当然、これは自身の土地が戦場になるわけで、そういうことも含め、台湾の人たちはこれらの問題に慎重になっていることについて言及されました。
その後、フロアの参加者も加わり、コーディネーターを中心に相互の間に活発なディスカッションが実施されました。
〔(第6回)猪木正道賞記念・安全保障研究会の記録は、年報『平和と安全保障』第10号(2024年2月刊行)に掲載します。〕