第4回「猪木正道記念・安全保障研究会」の報告(2/2)

投稿日時: 2023/01/18 editor5

 

2. 【特別企画:シンポジウム】

 テーマ:「ウクライナ戦争―現状と行方」

〔特別企画:シンポジウム〕は、コーディネーター秋山昌廣元防衛事務次官による司会で開会し、喫緊の問題である「ウクライナ戦争―現状と行方」について、4名の学者・専門家によるそれぞれの専門領域の視点からパネリスト報告がなされ、引き続きパネルディスカッションを行い、その後フロアとの質疑応答を実施しました。

 

パネリスト報告①「ロシアの視点から」  兵頭 慎治(防衛研究所政策研究部長)

 

最初のパネリスト兵頭慎治防衛研究所政策研究部長は、冒頭、ロシアによるウクライナ侵攻が国際社会に与えた衝撃について、第1に、今の時代でもこのレベルの他国への侵略戦争があり得るという衝撃。そして第2は、一度こういう侵略戦争が起きた場合、その惨禍があまりにもひどいこと。第3の衝撃は、国際秩序が動揺するという新たな時代に入りつつある中、日本にとっても決して対岸の火事ではない点を指摘された後、プーチン大統領の2022224日にウクライナに軍事侵攻した狙いと誤算について説明し、本論と各論に入りました。

1) プーチン大統領の狙いの裏にある「影響的発想」

ロシアには「影響圏的発想」というのが濃厚にあって、それを基に安全保障政策、あるいは軍事的な行動を考えている。つまり、ロシアの国防意識には国境だけを守るのでは十分ではなく、その周囲に自分の縄張りのようなものがないと安心できないという考えについて言及。

2)プーチン大統領の誤算について

プーチン大統領の誤算について、第1点は、ロシア軍への過大評価。第2点は、2014年のクルミア併合以降、ウクライナ軍が欧米諸国からの支援を受けて、ロシアが考えていた以上に軍事能力を高めていた点。第3点は、早い段階からロシア国内でプーチン政権への反発の動きが始まったこと。第4点は、西側諸国からロシア制裁が始まり、ウクライナへの強力な軍事支援が始まったことの4点について指摘しています。

3)国際社会で孤立するロシア

ロシアが今まで目指していた大国としての復活は、この戦争によって完全に破綻してしまうとの見通しを述べられています。即ちエネルギー大国としての側面は、西側諸国によるエネルギー依存が解消されること。軍事大国としての側面も、欧米諸国からの武器輸出の制裁により、ハイテク部品が入らなくなり、兵器の安定供給ができなくなることです。このためロシアは中国と軍事的な連携を強める方向に向かい、これが日本も含めた東アジアの安全保障に否定的な影響を及ぼしていくことになると想定しています。

戦争の行方について、プーチン大統領は未だやめる気は全くないので、今のところはやり続けるだろうと思われます。そして、核兵器の使用の可能性については、“窮鼠猫を噛む”という最後の事態は排除されない状況にあると思われますとの意見を述べ、報告を終えました。


兵頭慎治 氏

 

 

パネリスト報告②「ヨーロッパの視点から」  東野 篤子(筑波大学人文社会系教授)  

 

2番目のパネリスト東野篤子筑波大学教授は、冒頭、この戦争は防げたのか? 私の結論としては防ぐことはできなかった、どうしてもこの戦争は起こってしまったと考えていますと発言し、理由として、今のロシアにとって、NATOの拡大そのものがもたらす脅威よりも、民主主義の波及とか、それからウクライナがEUNATOを中心とするヨーロッパ的な秩序に入っていくことが非常に厄介だとロシアが見なしたことが一番大きかったのではないかと言及し、本題に入りました。

 1)ヨーロッパ安全保障における「ロシア問題」の諸相

まず、ヨーロッパ安全保障における「ロシア問題」の諸相の理解のために、NATOOSCE(欧州安全保障協力機構)、そしてEUのこの3点から見なければならないと指摘し、東野教授は次のような説明をされました。

NATOから見たロシア

今回の戦争について、「東方拡大をしない」とNATOがロシアに約束してそれが破られた、だからプーチンはそれをずっと恨みに思っていて、その恨みが頂点に達したのが今回の戦争だったと、しばしば言われています。しかし、これをNATOの視点から見ると、これを約束だと言われること自体がNATOとしては受け入れることができないのです。それは、1991年、当時のベーカー国務長官や西ドイツのゲンシャー外相が、NATOは現在の位置から1インチたりとも広がってはならないということを確かにソ連側に伝えています。ところがこの文脈をよく見ると、ドイツの統一の文脈において言っていたのであって、スペシフィックにNATOの拡大の話をしていたのではないことは資料上裏づけられていること。また、より大事なことは、NATOはあくまでもコンセンサスをベースとした軍事同盟なわけで、アメリカの国務長官が、あるいは西ドイツの外相の発言そのものをもって約束が存在したとみなすことはできなと指摘されています。

更に東野教授は、90年代の後半から2000年代の前半までにかけて、NATOとロシアは協調的な安全保障の枠組みを模索していたことも忘れてはいけないと思う。例えば94年、ロシアはNATOの「平和のためのパートナーシップ」に参加しています。ロシアはこれで、NATOのメンバーはならないまでも、同国とNATOのパートナーシップの第一歩を結んでいると言及。

これらの動きが大きく変わったのが2014年のクリミア侵攻で、クリミア侵攻以降、NATOは、対ロシア軍事同盟としての性質を強くしてしまい、その文脈で2022年に、NATOの戦略概念は書きかえられてロシアを脅威と明言するという大きな転換点を迎えたことを指摘しています。

欧州安全保障協力機構(OSCE)から見たロシア

欧州安全保障協力会議(OSCE)には、前身である欧州安全保障協力機構(CSCE)の時代から、ソ連、そしてその承継国であるロシアも参加していること。1975年の「ヘルシンキ議定書」で「同盟の選択の自由」の原則が謳われており、このためロシア以外のCSCE/OSCE加盟国からすれば、NATOに入るのはけしからんというロジックそのものがヘルシンキ議定書の精神に反する。

ところがロシアは、99年のイスタンブール宣言、そして2010年のアスタナ宣言において、「ある国が同盟に入ることで、他国の安全保障を犠牲にすることは許されない」との文言を付け加えた。一方他のヨーロッパ諸国は同時に、「(OSCE加盟国は)他のメンバーの誰をも勢力圏としてはならない」との文言を加えている。このように非常に継ぎはぎな安全保障理解がイスタンブール宣言にもアスタナ宣言にも見られる。この時点から「他国を勢力圏と見なさない」という考え方と、「他者の安全保障を犠牲にして同盟に参加しない」という考え方は真っ向から対立していることになるが、それを突き詰めないまま複数の安全保障文書なるものを作り、欧州安全保障の大枠や同盟選択の自由原則を巡る共通理解が深まらないまま、現在の戦争を迎えてしまったと主張。

2)課題

ロシアとヨーロッパは、これまでも決して共通理解を形成できたわけでないが、今後戦争が終わったとして、少なくとも戦争が始まる前のようにつき合えるかについては疑問視せざるを得ない。ヨーロッパ諸国の認識は大きく転換しすぎていて、なかなかうまくはいかないのだろうと考えられる。ロシアをどのようにして、対話の土俵に置いて、今回の侵攻のような事態が二度と繰り返えされないようにするのかという検討が全く始まっていない。これは非常に心配な状況であると述べ、報告を終えています。(なお、EUからみたロシアは、時間の関係で省略されました。)


東野篤子 氏

 

 

パネリスト報告「米国の視点から」  中林 美恵子(早稲田大学教授)

 

3番目のネリスト中林美恵子早稲田大学教授は、当初、ウクライナ戦争はアメリカから見て当事国ではないという感覚がかなり大きかった。それがいろんな経緯があって、「バイデンの戦争」とも言われるようになってきてしまっているが、本当にバイデンの戦争と言えるところまでいくかというのは疑問があると発言。しかし、アメリカのウクライナ支援は世界各国の全ての支援のなかでも7割を超えている。アメリカの支援なくしてウクライナは太刀打ちできないということも事実であるが、一般のアメリカ人のウクライナへのコミットメントというのは、「ウクライナ疲れ」という言葉も聞こえてはいるが、いまだにそれほど強くはないと思うと見解を述べています。

1)米国によるウクライナ支援の変化と現状

ロシアによるウクライナ侵略は224日に始まったが、アメリカ側はそれよりも前に諜報機関等の情報から、216日がその日ではないかと事前に公表されたりなどもしていたが、ゼレンスキー大統領はそれを信じないというスタンスをキープしていたこともあり、世界ではまだ本気に信じていなかった。それが224日の侵略によって、特に世界中が、心からこれは大変だと危惧を持ったのが、3月のブチャでの虐殺という惨状です。

アメリカは一体どっちを向いているのだという批判も出てきたため、バイデン大統領は、ロシアに対しては経済制裁をきちっとやっていくということを新聞で表明したりしていた。

2米連邦議会が示す方向性

アメリカ議会の動向については、あまり世の中で大きく報道されていないが、実は議会がバイデン大統領以上にウクライナ支援に走っているということについて言及、まず、5月19日に上院で400億ドルのウクライナ支援法というものが成立。ウクライナの支援をするためだけに議会が動いて予算をつくるという仕事をしました。

更に言えば、やはり同じ5月に、ウクライナへの軍事物資を迅速に貸与するということを可能にできるウクライナ民主主義防衛・レンドリース法、つまり武器貸与法案が出されて、それを通過させたということです。

現在、2023年度の国防権限法(National Defense Authorization Act)、これを最終的にまとめる段階に入っています。この中にもウクライナ支援というものをしっかり入れていこうというのが議会の方針です。アメリカの議会の中でしっかりとお金をつけることができれば、バイデン大統領もそれなりの武器支援をできるということが担保されることになるので、アメリカがどういうふうにウクライナに向き合っていくのかという意味では重要な役割を果たしていると言及しています。

3)世論の動向

メデイアを通じた4月のブチャの大きな惨状が報じられた後のCBCニュースでは、「兵士は送るべきではない」という人が78割いた。しかしながら、まずは第一に「経済制裁」が8割近くいた。そして7割ほどが「武器供与」に「賛成」と世論調査の結果が出ており、恐らくバイデン大統領はこれに従っているような行動をとってきたと言ってもいいのではないかと言及された。

4米国から見たNATOとインド太平洋地域のバランス

一方で、アメリカから見たNATOそしてインド太平洋のバランスは今どうなっているのかという問題に触れ、このウクライナ戦争が私たちの国際秩序にどういうふうに影響してくるのだろうかと問題提起され、次のような発言をされ報告を締めくくりました。

「実は私は先週の土曜日にアメリカから帰ってきました。これはマンスフィールド財団が主催した小規模な会議で膝を詰めて話をするというような会議でした。その中で、マンスフィールド財団のトップはバイデン大統領の外交委員会時代にスタッフディレクターをしていた人なのですが、彼が明快に答えたのは、『ウクライナの問題は非常に悲しく大変だが、これはもちろんあるべきことではないけれども、ただ、そのことによってNATOが目覚めたのはいいことだったのではないか。NATOが、自分たちが自分たちの力でこの地域を守らなければならないということに目を覚まし、そのことによって、実はアメリカがそこにエネルギーをそがれるというふうに考えるよりも、本当はインド太平洋をしっかり見ていかなければならないという、長期的なアメリカの視座に力を注げることになる。」と述べられました。


中林美恵子 氏
 

 

 

パネリスト報告「軍事的視点から」  番匠 幸一郎(元陸上自衛隊西部方面総監)

 

4番目のパネリスト番匠幸一郎元陸相は、21世紀の現代に、まさに19世紀から20世紀の初頭の100年前に起こっていたようなことが現実に行われている。同時に、戦い方は21世紀の最先端の科学技術が使われながら遂行されている部分がある。これが混在し戦いが行われているということ。そして、私たちが決定的に忘れてはならないのが、核を保有する国連の常任理事国として世界の安全保障に責任を持つべきロシアが、核も持たない一主権国家に対して暴力で攻め入っている。これを世界が止められない現実ということを認識しなければならない。

更に言えることは、特にウクライナが実施している作戦の具体的なことについてはほとんど出てこない。様々なシンクタンクや米英の国防省などの公的な情報も定点観測しているが、何が正しくて、何が操作された情報なのか明らかにされていない。そういう中で、今行われている作戦や戦闘について評価・分析をすることは本当に困難です。若干エクスキューズではありますけれども、かなり想像に基づく内容なりますことをお許しいただきたいと前置き、本論に入りました。

1)ロシアとウクライナの開戦までの態勢

開戦までの状況は、ロシアについて言えば、周到に準備はしたと思います。特に2014年のクリミア侵攻以来、ドンバス地域での戦闘も続いてきましたし、これはウクライナを自分の勢力下に置きたいという動きを続けてきたのだろうと思います。長い期間準備をしてきて、ロシア軍が大部隊で一挙に攻め込めば、ウクライナはすぐ降参するのではないかと、ウクライナ軍に対する過小評価と作戦への楽観視みたいなものがあったのではないかと推測する。

 一方、これに対するウクライナ側の構えというのは、2014年にクリミアで僅か3日で占領されてしまったということの反省から、ここ何年もウクライナの軍人を米軍に留学させたり、ウクライナに米軍の要員が赴き、ウクライナ軍の教育をすることがずっと続いていた。その結果、NATO化とも言うべきウクライナ軍の近代化というのは相当進んできていたのだろうと指摘しています。

2ウクライナ戦争開戦以降の戦況推移と軍事作戦の特色

ここでは、ウクライナ戦争の戦況の推移を、開戦から現在までの戦況について、1段作戦」(224日~3月末)、「第2段作戦」(4月上旬~現在)に分けて分析し、ロシア軍、ウクライナ軍の双方がお互いに一進一退の攻防を繰り広げている状況であると説明しています。

また、今回の戦争の特徴として、米国・NATO等のウクライナ支援の実態と効果について、ウクライナへの支援の中で特に注目をしたいのが情報の支援です。ウクライナの周辺で航空機がどのように飛んでいるかということが分かる公刊資料のマップがありますが、それによれば、NATOの早期警戒機や偵察機などの飛び方を見ると、ウクライナの国境沿いに、24時間絶えず情報収集、警戒監視に当たっている。そうすると地上のことは大抵分かります。米国をはじめNATO側の警戒監視による精度の高い情報提供の効果は非常に高くなっていること。

それから、もう一つが民間の協力です。例えばイーロン・マスクというアメリカの有名な企業家がいますが、彼が「スターリンク」という衛星通信のシステムを開戦直後から提供しています。このように宇宙の利用やサイバー空間の活用ということについても官民上げての活動がかなり進んでいること指摘しています。

3現段階において、ウクライナ戦争から考えること

総括として、番匠パネリストは、次の5点を挙げて報告を終了しています。

1点、やはり「新しい戦い」が繰り広げられていること。つまり、情報戦、認知戦、あるいは宇宙・サイバー・電子戦、それからトルコ製の無人機や自爆型のドローンなども注目されているが、新しい時代の戦い方が非常に今回は奏功している。

2点、「従来領域の戦い」の意義。既に述べているように、伝統的な地上戦が実は最後の決め手になる。新領域の「新しい戦い」は戦闘をサポートする手段として重要ですが、やはり最終的に勝敗を決するのは、実際に火力や機動力をもって土地を支配する力、即ち従来領域の戦闘力ということ。

3点、指揮統制や部隊編成の重要性。ロシア軍は「BTGBattalion Tactical Group・大隊戦術群)」という部隊単位をウクライナ戦争に相当投入している。今回そのうちの120130個単位がウクライナ戦争に投入されていると言われるが、これが相当被害を受けている。

4点、「無形の戦闘力」。団結、規律、士気、そして何のために戦うのかといった大義など、数字に出来ない、目に見えない無形の要素の大切さを感じる。ウクライナ軍が善戦しているのはそこだと思う。

5点、ウクライナ戦争で大変懸念するのは、核兵器の使用です。ロシアは「エスカレーション抑止戦略」という、戦争をやめるために核兵器の使用も辞さないという考え方を持っている。世界で最も多く戦術核兵器を持っているのはロシアですから、彼らがこのままでは負けてしまう大変深刻な事態だと認識した時に、大火力の一環として核兵器を使うというようなことが起こるとすれば、これは二番底になってしまう。ですから絶対にそのようなことをさせないようにするにはどうしたらいいか、ここは国際社会の役割が非常に大きいと思う。

最後にこの5点に加えて、今、米国・NATOを始め国際社会が結束して支援している相手国は、ロシア1国です。日本は、中国・ロシア・北朝鮮という3つの脅威に対して備えていかなければいけないという意味では、むしろ非常に複雑な方程式を求められている気がする。今回のウクライナ戦争で学ぶべき最大の教訓は、決して抑止を破綻させてはならないということだと思います、と改めて指摘されました。


番匠幸一郎 氏

 

 

 

〈パネルディスカッション・質疑応答〉

4名によるパネリスト報告の後、コーディネーターの秋山昌廣元防衛事務次官から、各パネリスト報告の内容に関して質問が投げかけられ、相互の間でディスカッションが行われた。パネリストと4名のコーディネーターとのディスカッションが一通り実施された後、引き続きフロアとの質疑応答やコメントも加わり、活発な議論が終了時間を過ぎるまで行われ、本セッションは終了しました。

秋山昌廣 氏        質疑応答

 

 

(本セッションの内容は、20232月末刊行予定の年報『平和と安全保障』(名称を変更)第9号に掲載されます。)