第10回 猪木正道賞発表・授賞式が挙行されました。

投稿日時: 2024/12/04 editor5

 

10回)猪木正道賞発表・授賞式が挙行されました。 

 

. 全般

(第10回)猪木正道賞選考委員会は、2024106日(月)に八王子市学園都市センター12階第5セミナー室おいて、中西 寛(選考委員長)、赤木完爾、岩間陽子、尾上定正、庄司潤一郎、武田康裕の各選考委員による最終選考を行い、つぎの3著作を猪木正道賞(正賞、奨励賞、特別賞)に選考しました。

 

【正 賞】 麻田雅文著『日ソ戦争:帝国日本最後の戦い 

(中央公論新社、20244月)

 

【奨励賞】河西陽平著『スターリンの極東戦略 19411950インテリジェンスと安全保障認識        (慶應義塾大学出版会、2023 8月) 

 

【特別賞】北井邦亮著『日米ガイドライン:自主防衛と対米依存のジレンマ

(中央公論新社 20243月)

 

発表・授賞式は、20241124日(日)青山学院大学・総研ビル12階大会議室で開催した(第8回)猪木正道記念・安全保障研究会第部において挙行しました。

総合司会の開会宣言に続き、中西 寛選考委員長から第10回猪木正道賞著作の発表があり、選考経過と正賞、奨励賞、特別賞それぞれの著作に対する詳細な講評がなされました。

 

続いて國分良成猪木正道賞基金副理事長(日本防衛学会会長)から3名の受賞者に表彰状と副賞が授与されました。

國分良成副理事長 麻田雅文氏〔正賞〕 河西陽平氏〔奨励賞〕 北井邦亮氏〔特別賞〕 中西寛選考委員長

 

. 10回)猪木正道賞選考委員会による講評

選考委員会委員長 中西 寛

選考委員会では、慎重審議の結果、正 賞、奨励賞、特別賞にそれぞれ1点を選んだ。以下に、簡単に選考理由を述べる。

 

【正 賞】 麻田雅文著『「日ソ戦争 帝国日本最後の戦い』

 本書は、これまであまりスポットを当てられてこなかった第二次世界大戦終戦直前に

始められたソ連による侵攻を「日ソ戦争」と位置づけ、新書でありながらソ連側史料の

広汎な利用を含めて実証的かつ包括的に解明した初めての書物であり、わが国の防衛・

安全保障研究にとって高い価値と意義をもつ著作である。

 限られた紙数の中で、日ソ開戦までの米英ソの交渉、日本側のソ連への期待に始まり、

満州、朝鮮半島だけでなく、南樺太、千島列島での軍事作戦、シベリア抑留に至る幅広

い対象について分析を加えている点は瞠目に値する。

また、新書として読みやすく書かれた本書は、ウクライナ侵略を続ける今日のロシアに通じるソ連の戦略文化についての洞察や、北方領土とウクライナ占領地域の相似性など、現在にも適用されうる重要な視点が散りばめられており、戦略論としても示唆に富んでいる。ウクライナを支援する日本を敵視するロシアと、今後どのように対峙するべきかを考える上でも貴重な歴史的示唆を提供してくれる。

他方で、新書としてやむを得ない面があるとは言え、学術的観点では記述不足と感じられる点があることも指摘された。著者自身、日ソ戦争の舞台を演出したのはアメリカであると分析しているが、特に日ソ開戦以降の推移についてはアメリカの意向が必ずしも明確に整理されておらず、日ソ関係に記述が集中しているきらいがある。しかしこうした点を踏まえても、著者があとがきで吐露しているように、一般読者を対象とすることで「戦争の記憶の風化に抗いたい」という強い思いが伝わる力作であり、本年度の正賞にふさわしい作品である。

 

奨励賞】 河西陽平著『スターリンの極東戦略、19411950

インテリジェンスと安全保障認識

本書は主としてロシアで公表された機密解除文書を利用して、第二次大戦の対日戦に

至る過程から朝鮮戦争開戦までの極東における選択肢をソ連、特にスターリンがどのように見ていたかを分析した研究である。対日戦参戦過程では、ソ連のインテリジェンスが日本の政策決定に関して得た情報がスターリンの決断にどう影響したかが分析され、従来の研究をさらに一歩進める興味深いインテリジェンス研究となっている。

 さらに、終戦後の極東戦後秩序構築過程において、ソ連が何を安全保障上の優先事項

としたかが中ソ朝の三者関係の中で分析されている。既存研究の吟味の上に近年機密解

除された史料が重ね合わされ、中国とソ連が朝鮮半島、遼東半島、台湾、ベトナムにつ

いて行った決断が詳細に解明されており、ロシア・中国・北朝鮮等の戦略的利害が錯綜

しつつある今日において、大変示唆に富む研究となっている。

 他方、米国の動機に関しては十分な分析がなく、また、日ソ戦争に関する叙述が欠落

している点が惜しまれる。加えて、スターリンの思考の中で、欧州において急速に深ま

りつつあった冷戦と極東情勢がどう関連づけられていたのかについても表面的な指摘

に留まっている。たとえば朝鮮戦争開戦は西独再軍備、NATOの軍事機構化といった欧

州における冷戦の軍事化をもたらしたが、本書の記述を読む限りこの流れをスターリン

が予測していたとは考えられない。こうした点を含めて著者による研究の展開に期待を

込めて、本書を猪木正道賞奨励賞とする。

 

【特別賞】 北井邦亮著『日米ガイドライン-自主防衛と対米依存のジレンマ

202212月に閣議決定された安保関連3文書は、敵基地反撃能力の保有と防衛関

連予算の対GDP2%を目標に定めた。果たしてこれは防衛政策の大転換だったのだろうか。本書は、過去3回にわたる「日米防衛協力の指針」(ガイドライン)の策定・改正の過程分析を通じて、3文書は現行憲法を前提とする既存の政策の発展にすぎないとの見方を提示した。本書の特筆すべき点は、ガイドラインを、「物と人との協力」と呼ばれる日米安保体制を環境の変化に対応して実際に運用するための同盟管理メカニズムであると同時に、日本の自主性の向上により日米同盟の非対称性を改善する装置と捉えた点にある。こうした分析視角によって既存の同盟理論では捉えきれないガイドラインの特異性を浮き彫りにし、自主防衛と対米依存のジレンマを抱える日米同盟の本質に迫った。近年、ガイドラインに関する学術研究の蓄積が進む中、本書は明確な分析視角と分かりやすい解説で、改めて読者の関心と理解を深めることに貢献した。以上の点から、安全保障に関する良質な啓蒙的著作として、本書は猪木正道賞特別賞に値する作品といえる。

以上

 

(受賞者によるそれぞれの「受賞の言葉」は、年報『平和と安全保障』第11号に掲載します。)